個人的なランニング日誌です。生活や自然、歴史なども紹介いたします。
by totsutaki
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<   2010年 11月 ( 28 )   > この月の画像一覧

ランス2 クリスマスマーケット

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  206.68km
【天気】 くもりのち雪 
【気温】 最高 -2℃、最低 -5℃
【体重】 66.5kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
今日は寒さが厳しくなり、最高気温が-2℃
夜からは雪がうっすらと積もった
明後日の予報は雪で最高気温が-5℃
ルーヴェンの初雪
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ランスではクリスマスマーケットがはじまっていた
今シーズン2度目のクリスマスマーケット

規模が大きい
金曜日は人が少なかったが
土曜日は人がバスで訪れる団体もあって賑やかだった
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ドイツやベルギーと違い、食べるものはあまりない
ウィーンのようなクリスマスオーナメントも少ない
その代わりに雑貨屋が多く、
ナイフやランプの店が出ていた
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なぜか日本の品物の店もあった
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グリューワインを飲む
こちらではヴィンショー(ホットワイン)と呼ぶ
残念ながらプラスチックカップだった
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焼き栗 これはマロンショー
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フォーラム広場のスケートリンク
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by totsutaki | 2010-11-30 07:02 | その他

ランスのランニング

【走った距離】  11.67km
【今月の累積距離】  200.88km
【ペース】 平均 7'01"/km、 最高 5'40"/km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 2℃、最低 -1℃
【コース】
ランス市内
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【コメント】
今週末はフランスのランスでシャンパンを飲んでいた
ホテルのインターネットが繋がらず、
ブログを更新できなかった
というのは言い訳で
酩酊していたので更新はできなかったと思う

ランスはフランス北部
シャンパーニュ=アルデンヌ地域圏最大の都市
かってフランス国王の聖別戴冠式が行われた、
ノートルダム大聖堂が所在する
シャンパン醸造の一大中心地

初めて自動車でフランス国境を越え、ランスに出掛けた

先日訪れたウィーンと同様に
ランスにもローマ帝国時代、中世、近・現代の3つの顔がある

ローマ帝国時代

ランス(Reims)はガリア人の
レミ族(複数形Remis)の名が訛ったもの
ガリア戦記の中ではカエサルはレミ族を助け、
ベルガエ人(ベルギー人の祖)を撃ち破っている

ガリア戦役の最終、最大の戦場であるアレシアは
ランスの南200kmに位置する
アレシアの戦いでもレミ族は他のガリアの部族が
反カエサル陣営に結集する中、
レミ族は新ローマを貫く

ローマ帝国末期のマルス門(凱旋門)
3、4世紀にはローマ帝国はライン川を渡って進入する
ゲルマン族を撃退する力はなく、
各都市は城壁を築いて自らを守った
ローマ帝国の繁栄の象徴ではなく、衰退の象徴
トンヘレンの城壁と同じである
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市内のフォルム(市民集会場)跡
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中世

498年メロヴィング朝フランク王国の初代国王クロヴィス1世が
この地で聖別戴冠式を挙行した
この故事により、ランスはフランス王家の聖なる都市とされ、
歴代国王の戴冠式が行われた
ノートルダム大聖堂は12世紀の建立
世界遺産
15世紀にジャンヌ・ダルクに連れられて聖別を受けに来た
シャルル7世や、ルイ13世、ルイ14世、ルイ16世などが
聖別戴冠式を挙行した
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第一次世界大戦中のドイツ軍の空爆により
大聖堂は壊滅的な被害を受けた
ルーヴェンのシント・ペーター教会と同じ過去を持つ
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ステンドグラスが美しい
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サン=レミ聖堂 (Basilique Saint-Remi) は、
1000年頃に建造されたバシリカ式教会堂
ピサの大聖堂や
フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に似ている
世界遺産
内部も素晴らしいがミサ中だったため撮影は控えた
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近・現代
シャンパン醸造の一大中心地
市内にはシャンパンセラーが多数あり、見学できる
マム
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ポメリー
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夜明け前のランス
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ランスで見かけた珍しい道路標識?
犬のうんこは車道でさせること
(歩道ではさせないこと)
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by totsutaki | 2010-11-29 07:45 | ランニング

ワイン試飲会

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  189.21km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 3℃、最低 -4℃
【体重】 66.3kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
イタリアワインの試飲会の情報を頂き、
先週末ルーヴェンのシント・ヘールタイ修道院に訪れた
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ワインの試飲会は初めてだが
例えば同じバローロでもワイナリーによって
味が全く違うことが
私のような素人にも分かって面白い
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50種類以上のワインを10ユーロで試飲できる
参考価格8.95ユーロの試飲用クリスタルガラスも持ち帰れる

教会内の試飲会場
これは2時ごろ
3時頃にはかなり混雑していた
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高級ワインを中心に20銘柄試飲した
本当は少し口に含み、「吐き出す」のが本当らしいが、
ほとんど飲んで楽しんだ

至福の時間

フルボディのタニックなワインが多かったが、全て若い
今でも美味しいが保存すればさらに美味しくなりそう

おそらくベルギーの人は気に入ったワインを見つけ、
まとめ買いしてワインセラーに保管するのだろう

スーパーマリオのようなおじさんがピッツァを次々と焼いてくれる
これも無料
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以下は試飲したワイン

スパークリングワイン

ワイナリ COLLALTO VENETO州
Prosecco Superiore DOCG Brut 12,52ユーロ

白ワイン

ソアヴェ


ワイナリ COFFELE VENETO州
Soave Classico DOC 2009 10,89ユーロ
Ca' Visco, Soave Classico DOC 2009 14,22ユーロ
Alzari, Soave Classico DOC 2008 7,29ユーロ
Le Sponde, Recioto di Soave Le Sponde DOCG 2007 28,33ユーロ

赤ワイン

バルバレスコ

バルバレスコは、バローロと並ぶ最高級のイタリアワインの一つ

ワイナリ PIERO BUSSO PIEMONTE州
Barbaresco Mondino DOCG 2007 30,67ユーロ
Barbaresco San Stefanetto DOCG 2006 49,26ユーロ
Barbaresco Gallina DOCG magnum 2006 118,22ユーロ

今日飲んだ中で最もタニック

PIERO BUSSOのおじさん
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バルベーラ
黒ぶどうの品種 収穫量が多く、比較的安価

ワイナリ PIERO BUSSO PIEMONTE州
Barbera d'Alba Majano DOC 2007 16,79ユーロ
Barbera d'Alba San Stefanetto DOC 2006 25,93ユーロ

ワイナリ GIACOMO CONTERNO PIEMONTE州
Barbera d'Alba Cascina Francia DOC 2008 35,00ユーロ

(ジャコモ・コンテルノはバローロの最高峰だそうだが
これはバルベーラ)

ワイナリ GIUSEPPE MASCARELLO PIEMONTE州
Barbera d'Alba Scudetto DOC 2005 28,65ユーロ
 Robert Parker (The Wine Advocate) : 90/100

アマローネ
ブドウを一房ごと手摘みで収穫し、数ヶ月間陰干しにして
糖度を高めて醸造するヴェネト州の伝統的ワイン
大好きなアマローネが1種類しかなかったのが少し残念

ワイナリ ROCCOLO GRASSI VENETO州
Amarone della Valpolicella DOCG 2006 68,95ユーロ

バローロ
ピエモンテ州のバローロ村で生産される、
DOCG規格の赤ワイン
長期熟成に耐える、色が濃く、しっかりした渋みと、深いこくのあるワイン
重厚な味わいの「ワインの王様」という印象があったが
他のワインとの見比べると
バローロはイタリアワインの中では華やかさがあることに気づいた

ワイナリ LUIGI EINAUDI PIEMONTE州
Barolo Terlo DOCG 2006 42,81ユーロ
 Robert Parker (The Wine Advocate) : 91/100
 Award Winner Decanter 2009

ワイナリ GIUSEPPE MASCARELLO PIEMONTE州
Barolo Monprivato DOCG 2004 75,50ユーロ
 Robert Parker (The Wine Advocate) : 96/100
Barolo Monprivato DOCG 2005 75,50ユーロ
 Robert Parker (The Wine Advocate) : 94+/100

キアンティ

ワイナリ BOSCARELLI TOSCANA州
Rosso De Ferrari IGT 2008 13,25ユーロ
(フェラーリの赤!!)
ワイナリ SAN GIUSTO A RENTENNANO TOSCANA州
Chianti Classico DOCG 2008 16,52ユーロ
ワイナリ ROCCA DI MONTEGROSSI TOSCANA州
Chianti Classico DOCG 2008 18,92ユーロ
ワイナリ CASTELLO DI MONSANTO TOSCANA州
Il Poggio, Chianti Classico Riserva DOCG 2006 47,95ユーロ

シント・ヘールタイ修道院
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by totsutaki | 2010-11-26 07:19 | その他

ウィーン14 その他のウィーン

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  183.41km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 6℃、最低 -1℃
【体重】 66.5kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
今まで紹介できなかったものを紹介

アルベルティーナ

素描5万点、版画100万点を有し
世界最大の版画・素描のコレクションを誇る
テーマを変え入替えて展示する
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今はミケランジェロ素描の特別展
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カスチーナの戦いやシスティーナ礼拝堂の天地創造、
最後の審判のデッサンなど興味深かった
運命はミケランジェロに
70年間にわたって創作活動をするという幸運を与えたが
素描を見ると実現には至らなかったアイディアが数多く
70年でも十分でなかったことが分かった

カスチーナの戦い
フィレンツェ市庁舎、
パレッツォ・ヴェッキオの五百人大広間の壁に、
レオナルド・ダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」とともに
描かれた壁画の下絵
ミケランジェロ、ダ・ヴィンチとも未完のまま中断
その後改築の際にこれら未完成の壁画は失われた

カスチーナの戦い(ミケランジェロ、模写)
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アンギアーリの戦い(ダ・ヴィンチ、模写)
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造形美術アカデミー絵画館
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ヒエロニムス・ボスの最後の審判を見ることができた
他の作品と同様に幻想的な怪物が描かれている
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信号 
自転車用信号がリアル
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モーツァルト像
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ヨハンシュトラウス像
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シューベルト像
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ゲーテ像
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ヘルベルト・フォン・カラヤンのサイン
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今回の旅ではモーツァルトもベートーヴェンも
マーラーも聞く機会がなかったが、
同じ道を歩き、同じ料理を食べることができた

ウィーン編はこれで終わりです

朝日のドナウ川
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夕日のシュテファン寺院
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by totsutaki | 2010-11-25 07:40 | その他

ウィーン13 ウィーン料理

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  177.61km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 6℃、最低 0℃
【体重】  67.0kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
ウィーンのレストランと料理を紹介

フィグルミューラー

かなり人気のある店なので昼間開店と同時に入った
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ウィーナーシュニッツェル
ミラノ風カツレツ
レモンを絞るだけだが
素材と塩加減が絶妙
予想した以上に美味しい
レモンと比べれば大きさ分かる
厚みはないがかなりのボリューム
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紙ナプキンには「ウインの一番有名なウィーナーシュニッツェル」の文字
英語、ドイツ語、フランス語とともに日本語で書いてあるのが面白い
ロンドンでもパリでもローマでも中国人観光客が多く、
中国語やハングルはあっても日本語がないことがある
ウィーンではまだ日本人が多いようだ
ガイドブックも日本語版はあるが、中国語はなかった
修学旅行生も来ていた
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ゲッサー・ビーアクリニーク

ビール会社直営のビアレストラン
ルーヴェンのドムスのような感じ
地元の人が大声で騒いでいた
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豚レバーのカツ
生臭さがなく美味しい
ヨーロッパはどこも内臓の扱いが上手
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2種類のビールを飲む
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プラフッタ 

ここもフィグルミューラーと同じように
人気店だが、
地元の人で混みあう
広い店だが予約が一杯
何とかカウンター席に座ることができた
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オーストリア料理のターフェルスピッツを食べる
ロース肉をコンソメスープで柔らかく煮た料理
鍋ごとサーブされる
ステーキ肉のしゃぶしゃぶのような感じ
まずスープを飲む
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スープが終わると店の人が鍋の肉をさらに盛ってくれる
ほうれん草のペーストとハッシュドポテトを添え、
リンゴムースとホースラディッシュをつけて食べる
素材の美味しさを生かしたシンプルな料理だが
マドリードのコシードのように食べ方に工夫があり面白い
骨の髄をライ麦パンに塗って食べるが
これがまた美味しい

ホーフブルク王宮では
フランツ・ヨーゼフ1世も食べていた
と解説していた
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グリッヒェンバイスル

2000年前のローマ帝国時代の建物を基礎に使い、
800年前のウィーン城壁を壁に用いる、
ウィーン最古のレストラン
ギネスブックには認められていないが
1500年にはレストランとして営業をしていたらしい
(ギネス認定のマドリードのボディンは1725年創業)
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モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ワーグナー、
ブラームス、マーラー、シュトラウスなどの音楽家や
マーク・トウェインらが訪れ、壁にサインをしている
食後にギャルソンにサインの部屋を見せて欲しいとたのむと
快く案内してくれた
お客さんを掻き分けながら一つ一つのサインを説明してくれた
新しいところではレッド・ツェッペリンとフィル・コリンズのサインがあった
ギャルソンのおじさんはリヒャルト・シュトラウスがお気に入り
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マーラーのサイン
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料理はハンガリー料理のグーラシュ
牛肉のシチュー
美味しいがシチューは
日ごろ色々なバリエーションを食べているので
それほど感動はなかった
別の料理にすればよかった
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ツム・ロイポルト

ベートーヴェンのアパートの隣にあるレストラン
ツヴィーベルローストブラーテン
ローストビーフにオニオンソースをかけた料理
この料理もシンプル
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by totsutaki | 2010-11-24 06:32 | 食べ物

ウィーン12 マーラーの墓

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  171.81km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 6℃、最低 -1℃
【体重】 67.7kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
ベートーヴェンが夏をすごした
ハイリゲンシュタットの隣に
グリンツィングという村がある
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この村の墓地にはグスタフ・マーラーの墓がある
マーラーの2番「復活」を聴きながらマーラーの墓を訪れた
妻のアルマの実家に近いため、この墓地に葬られた
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一般の人の墓と並んでマーラーの墓がある
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グリンツィングはワインの生産地でもある
街のすぐ横にはブドウ畑が広がる
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11月にはホイリゲと呼ばれる
その年採りたての新酒が売り出される
ホイリゲを扱うレストランもホイリゲと呼ばれる
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甘くフルーティ
おそらくマーラーも飲んだのだろう
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マーラーが音楽監督を務めた国立歌劇場
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国立歌劇場博物館
歴代音楽監督、演目、衣装などを展示している
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マーラーとアルマ
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by totsutaki | 2010-11-23 06:52 | その他

ウィーン11 クリムト、エゴン・シーレ

【走った距離】  22.39km
【今月の累積距離】  166.01km
【ペース】 平均 6'07"/km、 最高 5'10"/km
【天気】 霧 
【気温】 最高 6℃、最低 1℃
【体重】 66.0kg
【コース】
ヘヴェルレー・ボスの森
【コメント】
ヴェルベデーレ上宮とレオポルド美術館、セセッションで
クリムト、エゴン・シーレの作品を鑑賞

グスタフ・クリムト
19世紀末から20世紀かけて活躍した
ウィーン分離派の画家
作風は人間の内面や夢、神秘性などを
象徴的に表現する象徴主義

ビザンティン様式や
尾形光琳を始めとする日本の琳派、
エジプト美術などに着想を得ながら
独自の装飾的で官能的な美術様式を形成

19世紀末の退廃・生死・淫靡を体現するテーマが多い

1.ヴェルベデーレ上宮
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『ユディト I』
旧約聖書外典に登場する
ベツリアの街を救ったユダヤ人未亡人
ボッティチェリ、クラナッハ、ルーヴェンス、
カラバッジョなども描いた良く取り上げられる題材だが
クリムトは英雄的な姿はなく、
妖艶性と官能性を全面に押し出している
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『フリッツァ・リードラーの肖像』
写実的な女性の顔と、
平面的・抽象的な描写によって表現される
背景や装飾具、家具などの対比が面白い
琳派の影響とも見える
頭部の独創的な装飾的表現は
ベラスケスの『マリア・テレーサ王女の肖像』
から引用されている
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『接吻』
黄金、様式美、官能、悲劇性という
クリムトの特徴を全て備えた代表作
男性の纏う衣の装飾≪四角≫と、
女性の纏う衣の装飾≪円形≫が
互いの補完と対立を表す
クリムトと恋人のエミーリエ・フレーゲがモデル
当時接吻の絵は禁忌されていたが
発表当時から大好評を博し、
オーストリア政府が買いあげた
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『アダムとエヴァ(アダムとイブ)』
最晩年の代表作
艶かしく勝ち誇った表情を浮かべたエヴァと
疲弊感と諦念感が漂うアダム
『接吻』の様式美は全く見られなくなった
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『花嫁』
未完成のままクリムトのアトリエに残されていた、
画家の絶筆作品。
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2.レオポルド美術館
個人コレクションを一般公開した美術館
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『死と生』

人間の≪生≫と≪死≫の対峙・循環をテーマとした作品
互いに寄り添う、大人、子供、男、女、若人、老人など
人生の様々な段階の人々と、
棍棒を持ち不適に笑うタナトス(死を体現するギリシャの神)
当初金色で描かれていた背景は、
現在のように人生の淵を思わせる藍緑色で塗り潰された
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3.セセッション

セセッションは
19世紀末の芸術家 分離派の建築
グスタフ・クリムトがベートーヴェンフリーズを製作し、
その開幕日にグスタフ・マーラーが
ベートーヴェンの第9番「合唱」を演奏した
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『ベートーヴェン・フリーズ』
1902年に開催された第14回分離派展への出品作
ベートーヴェン交響曲第9番第4楽章
歓喜の歌を絵画化した作品

第1場面
幸福への憧れ・弱き人間の苦悩・
武装した強者に対する弱者の哀願

第2場面
敵対する勢力

第3場面
ポエジーに慰めを見出す憧れ(詩)・
歓喜(天使たちの歓喜のコーラス)・
接吻

の3場面によって構成される
公開当時は批評家や新聞・雑誌から
「卑猥で醜悪」と批判を受け
スキャンダルとなった
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第1場面
幸福への憧れ・弱き人間の苦悩・
武装した強者に対する弱者の哀願

物語の中へといざなう浮遊する精霊

人類の苦悩を象徴する裸の女性と
ひざまずく裸の男女

人類の代表として幸福探しに取り掛かる
完全武装の勇者
その騎士の心を内面から支えるのは
同情と功名心という2人の寓意像

第2場面
敵対する勢力

幸福に“敵対”する力として
青みがかった翼を持ち蛇の胴体を持った
巨大な猿の怪物テュフォーン、
左側にはその娘である3人のゴルゴーン、
病、狂気、死(背後)
右側には淫欲、不貞、不節制が描かれている
さらに右側の痩せこけた女性は
「われわれの心を蝕む悲しみ」を表す
クリムトの絵に登場する女たちは、
マドンナ(聖母)であると同時に“妖婦”である
技量が増すにつれて、
クリムトは女性の生涯のあらゆる時期を描くようになり、
少女、妊婦、母親を、
衰えた肉体や死を暗示させるイメージと並べて表現した

第3場面
ポエジーに慰めを見出す憧れ(詩)・
歓喜(天使たちの歓喜のコーラス)・
接吻

人類の幸福への憧れは「詩」のなかに慰めを見出す
詩は竪琴をもった女性として擬人化されている

最後に様々な芸術を象徴する女性の姿に導かれ、
芸術による理想の領域へと到達する
クリムトによる芸術の神格化は
「楽園の乙女たち」のまえで接吻をする
一組の男女によって表されている

シラーの詩≪歓喜に寄す≫を
楽園の乙女たち(Tochter aus Elysium)が
高らかに謳い上げ、
≪歓喜に寄す≫の一句
「抱き合おう、諸人よ!この接吻を全世界に!」
Seid umschlungen, Millionen! 
Diesen Kuß der ganzen Welt!

の場面として、抱擁し接吻する男女の姿が描かれる

エゴン・シーレ
妹との近親相姦、
多くの少女たちとのみだらな生活、
それがもとでの逮捕投獄事件など、
若年の頃から世間と相容れない生き方をした

16歳でアカデミーに入学するが相容れず、
クリムトの強い影響を受け
独創的な作風を確立する
既に十代にして才能を開花させ、
画家としての名声を確立した

しかし1918年スペイン風邪によって死去
享年28歳

若くして夭逝 
時代も主題もスタイルも全く違うが
ラファエロに通じるものがある

1.レオポルド美術館

『ほおずきのある自画像』
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『恋人ヴァリーの肖像』
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2.ヴェルベデーレ上宮

『死と乙女』

土気色をした死神は、シーレ自身
赤毛の女はヴァリー・ノイツェル
クリムトのアトリエで
シーレはヴァリーと知り合った
クリムトは、大勢のモデルと暮らしていたので
その中の一人を、シーレにゆずった
シーレはヴァリーと4年間同棲し
ヴァリーをモデルに多くの絵を描く
しかし別の女性、エディットと結婚するため
ヴァリーを捨てた
この絵がヴァリーを描いた最後の絵となった
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by totsutaki | 2010-11-22 06:51 | ランニング

ウィーン10 世紀末ウィーン

【走った距離】  8.72km
【今月の累積距離】  143.62km
【ペース】 平均 5'46"/km、 最高 5'10"/km
【天気】 晴れ 
【気温】 最高 9℃、最低 3℃
【体重】 66.2kg
【コース】
リング1周
【コメント】
19世紀半ばに産業革命を迎えた
ウィーンは急激に人口が増加
ヨーロッパではロンドン、パリ、ベルリンと並ぶ
大都会となった
1873年にはウィーン万国博覧会開催
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は自ら立案して
大規模な都市改造を行った
城壁を撤去して環状の道路(リンク)と置き換え、
路面電車を導入するとともに、
歴史主義的建造物やモニュメントを街路に面して配した
クリムト、マーラー、エゴン・シーレら
オーストリア=ハンガリー帝国各地から
あらゆる民族出身の才能が集まり、
ウィーン文化はその絶頂期を迎えた

世紀末とはウィーンにこそ似つかわしい

オットー・ワーグナー カールスプラッツ駅
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主な出来事

1869年 リングシュトラーセに宮廷歌劇場完成
1872年 ニーチェ『悲劇の誕生』刊行
1876年 ヨハネス・ブラームス『交響曲第1番』発表
1883年 フランツ・カフカ(プラハ)生まれる
1888年 マーラー、『交響曲第1番』作曲
1890年 エゴン・シーレ生まれる
1897年 「ウィーン分離派」創設(初代会長クリムト)
      マーラー、ウィーン宮廷歌劇場の音楽監督に着任
1898年 皇妃エリザベート、ジュネーヴで暗殺される
      「セセッション館(分離派会館)」完成
      マーラー ウィーン楽友協会で最初の指揮
1899年 シェーンベルク、弦楽六重奏曲『浄められた夜』作曲
1900年 ジークムント・フロイト『夢判断』刊行
1902年 クリムト『ベートーヴェン・フリーズ』制作
1907年 マーラー、ウィーン宮廷歌劇場を去る
1911年 マーラー没
1914年 皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻、
      サラエヴォで暗殺される。第一次世界大戦勃発。
1916年 カフカ『変身』刊行
      フロイト『精神分析学入門』刊行
1917年 ロシア革命
1918年 クリムト、エゴン・シーレ没
      カール1世国外退去、ハプスブルク帝国崩壊

宿泊したグラーベンホテル

世紀末の作家が集り、
フランツ・カフカが定宿にしていた
何か名残のものがないかと期待したが
何も残っていなかった

もちろんホテルに辿りつかないことも
訳も分からず審理を受けることも
朝起きると芋虫になることもなかった
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by totsutaki | 2010-11-21 02:55 | その他

ウィーン9 ハプスブルグ家

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  134.9km
【天気】 くもり 
【体重】 66.5kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
ハプスブルグ家

中世から20世紀初頭まで
中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、
オーストリア大公国、スペイン王国、ナポリ王国、
トスカーナ大公国、ボヘミア王国、ハンガリー王国、
オーストリア帝国などを支配した
また、神聖ローマ帝国の皇帝位を中世以来保持した

侵略ではなく婚姻によって領土を拡張した
「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」

双頭の鷲
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オスマン帝国との抗争

第一次ウィーン包囲 1529年
スレイマン1世率いるオスマン帝国軍が、
2ヶ月近くに渡って
カール5世の本拠地ウィーンを取り囲んだ
絶頂期の皇帝同士の戦い
オーストリア軍の頑強な抵抗により
コンスタンチノープルのような陥落は免れた
しかし この包囲戦はイスラームの脅威を
広くヨーロッパ全土に知らしめ、
スレイマン大帝によるオスマンの世紀をもたらした

レパントの海戦 1571年
カール5世の子のフィリッペ2世は
ローマ教皇、ヴェネツィアと連合して
オスマン帝国海軍に勝利した

第二次ウィーン包囲 1683年
オスマン軍は再びウィーンを大軍をもって攻撃したが、
包囲戦が長期化
中央ヨーロッパ諸国連合軍によって
包囲を打ち破られ、敗走した
この結果、オスマン帝国の衰退が決定付けられた

ベルギーとの関係も深い

「日の沈まぬ」大帝国を築いた
皇帝カール5世はヘントで生まれた

その子のスペイン王フィリッペ2世はカトリックを強制し、
ベルギー、オランダに圧政を敷いた
スペイン兵士によって掠奪、虐殺をうけた、
大都市アントウェルペンはその後衰退した

マリアテレジアの子供のヨーゼフ2世は
ルーヴェンの城塞を取り壊した

宮殿

ホーフブルク宮殿

13世紀頃から建設されたウィーンの中央にある宮殿
神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の
皇帝の宮殿として使用された
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皇帝の部屋に続く階段
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豪華な食器
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シェーンブルン宮殿

歴代君主が主に離宮として使用した
第二次ウィーン包囲でオスマン帝国軍により破壊されたが
その後再建され、マリア・テレジアの時代に完成した
ナポレオンはこの宮殿を司令部として使い、
「会議は踊る、されど進まず」で有名な
ナポレオン没落後のウィーン会議もここで開催された
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フランス式庭園
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グロリエッテ
対プロイセン戦の勝利と戦没者の慰霊の記念碑
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ベルヴェデーレ宮殿

下宮と上宮がある
もともとハプスブルク家ものではなかったが
マリア・テレジアが購入した

最終日はこの宮殿でランニング
上宮
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下宮
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by totsutaki | 2010-11-20 18:11 | その他

ウィーン8 ウィンドボナ

【走った距離】  5.8km
【今月の累積距離】  129.1km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 7℃、最低 2℃
【体重】 67.0kg
【コース】
会社まで最短
【コメント】
ドナウ川は初代皇帝アウグストゥスが定めた
ローマ帝国の北の国境線
ウィーンはドナウ河岸にアウグストゥスが作った
駐屯地が起源
当時はウィンドボナと呼ばれた

美術史博物館のアウグストゥスのカメオ
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ウィンドボナのローマ帝国軍駐屯地跡に建てられた
ローマ博物館
床下暖房などの遺跡がある
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駐屯地(赤)とウィンドボナの街(青)に
現在のウィーン市街の地図を重ねたもの
ウィンドボナを中心としてウィーンが形成された
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ホーフブルク(王宮)前にもローマ遺跡
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ペスト記念柱のあるグラーベン通り
グラーベンとは溝・堀のこと
ローマ帝国軍駐屯地の堀の跡につくられたため
グラーベン通りという名前がついた
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コンスタンチノープルのようにウィンドボナにも
ローマ水道が敷設されていた
水洗トイレまであった
トイレの中で説明している
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ドナウ国境は第2代皇帝ティベリウスとゲルマニクスが
対岸を攻めて確定した
第11代皇帝ドミティアヌスがドナウ川とライン川をつなぐ
防壁ゲルマニア・リメスを建設し国境を強固にした
さらに5賢帝のひとりトラヤヌス帝が
ドナウ川下流のルーマニアを攻め(ダキア戦役)、
領土を拡張した
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しかしゲルマン人の南下が活発化し、
2世紀後半にウィンドボナはマルコマンニ族との戦闘で荒廃
5賢帝最後の哲人皇帝マルクス・アウレリウスが再建した
マルクス・アウレリウスは
気候の厳しいドナウ川防衛線に病魔に苦しみながらも留まり
ウィンドボナで死去した
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ローマ帝国の分裂、弱体化とともにウィンドボナは衰え、
5世紀の半ば、皇帝ウァレンティニアヌス3世の時代に、
フン族に割譲された

美術史博物館のローマ人の胸像
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by totsutaki | 2010-11-19 06:56 | その他