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コンスタンティノープル
【走った距離】 0km
【天気】 晴れ 【コメント】 ヴェネツィア、ローマ、フィレンツェを訪れた後、 塩野七生ファンの訪れたい都市は イスタンブール ローマ帝政後期 大帝コンスタンティヌスは 帝政を専制化しキリスト教を取り入れることで ローマ帝国の安定化を図った コンスタンティヌスは それまでビザンチウムとよばれていた ボスフォラス海峡に面した天然の要害の地を 新生ローマ帝国の新都として 6年という短期間で建設した AD330年5月11日にこの新都はコンスタンティノポリスと改名された ローマ帝国が滅亡した5世紀末からは地中海世界の首都となった 6世紀半ばユスティニアヌス帝の時代に最大版図となる ただし十字軍のはじまる11世紀には大幅に縮小し、 1204年の第4次十字軍には一時期征服された 1453年5月29日 アレクサンドロス大王やユリウス・カエサルを信奉する オスマントルコのスルタン マホメッド2世により陥落され、 オスマントルコの首都となる イスタンブールはコンスタンティノポリスのトルコ式の呼び方が 変化したものである イスタンブールはヨーロッパとアジアの接点に位置し、 キリスト教とイスラム教が抗争し ギリシャ文明、ローマ文明、ビザンチン文明、トルコ文明の 中心としての歴史を持つ 人種、宗教、文明の混在した都市である 塩野七生さんはコンスタンティノープルを4回取り扱う 年代順には 1.コンスタンティヌス大帝による建都 「ローマ人の物語XIII」 2.コンスタンティノープルと第4次十字軍の攻防 「海の都の物語」 3.コンスタンティノープルのオスマントルコによる征服 「コンスタンティノープルの陥落」 「海の都の物語」 聖ソフィア大聖堂 ビザンチン文化の本拠 1420年のコンスタンティノープル陥落のとき ミカエル大天使が助けてくれると信じて 住民が立てこもった マホメット2世の征服後はモスクに改造される ミナレットが建てられ、モザイクが漆喰で塗りつぶされる キリスト教とイスラム教が争ったコンスタンティノープルの文字通り象徴 伽藍内部もキリスト教のモザイクとイスラム教のアラベスクが混在 20世紀になり漆喰が取り除かれ500年ぶりにモザイクが現れた ビザンチン文化の本拠としての歴史を物語る キリスト、聖母マリアの素晴らしいモザイク
by totsutaki
| 2010-07-04 13:38
| その他
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